1992年12月に見られたSwift-Tuttle彗星は周期彗星であり、その前は1862年に見られた。平成6年の『理科年表 』によれば、近日点距離 0.958 au、遠日点距離 51.7 au、離心率 0.964、軌道傾斜角 113.4°である。
前回出現した時の江戸幕府天文方の観測記録が、『文久二年壬戌彗星測量簿』として残されている。観測地は九段坂測量所である。観測者名に天文方渋川六蔵、天文方手附海老原伝次郎、河野彦太郎、手伝稲川秀五郎、橋本陽之助などの名がみえる。文久二年七月二十七日から八月二十三日 (1862年8月22日〜9月16日) の記録で、彗星が出現した直後の記録と考えられる。七月二十七日の記録では、彗星を観測した時刻は21時22分18秒、位置は高度37度27分、方位は北西21度で、北極帝 (β UMi)、北極太子 (γ UMi) の近くを通った事がわかる。尾の長さは記されていない。
高樹文庫の『文久二年彗星測量簿』は文久二年八月二日から4日間 (1862年8月26日〜30日) の観測記録で、八月二日の項には光芒すなわち尾の長さは2間斗≒15度位とある。「方位盤象限儀ヲ以テ測量」した21時ごろの高度や方位も記載されている。八月四日の図では北斗七星と彗星の位置関係が書かれている。観測場所は明示されていないが、高樹文庫には磁石盤や象限儀などもあり、富山で観測された可能性がある。なお、高樹文庫とは、江戸後期の和算家・測量家である
写真は1992年に福島英雄氏が撮影したSwift-Tuttle彗星である。