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貴重資料展示室

第29回常設展示:2003年10月25日〜2004年3月21日
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江戸後期の天文暦

鎖国が続いていた江戸後期、長崎出島を通して、西欧の書物は輸入されていた。八代将軍徳川吉宗による禁書の緩和により、より多くの学術書が輸入されるようになった。国立天文台には古いドイツ暦、英国暦が保存されており、ここでは1828年英国暦と、その翻訳としての『諳厄利亜航海暦』などを提示する。

諳厄利亜航海暦(あんげりあこうかいれき)』 渋川景佑(かげすけ)著 写本4冊

『1828年英国暦』の訳である。この『諳厄利亜航海暦』の渋川景佑序によると、以前から幕府に願い出ていたとおり、航海暦を文政十年(1827)九月に見せていただけたとあり、1825年発行から割に早い段階で、日本に入ってきていたことがわかる。また、オランダ航海暦を参考に英国暦の数字を解釈し、この数字にゲレーンウィク観象台 (イギリス・グリニジ天文台) と江戸の里差 (経度差) 9時20分を加えると江戸の値になることなども記されている。

諳厄利亜航海暦1 諳厄利亜航海暦2 諳厄利亜航海暦3『諳厄利亜航海暦』木星と四大衛星の位置図

"Nautical Almanac and Astronomical Ephemeris for the year 1828" (1928年英国暦) 刊本1冊

提示した部分には1月の特別な日, 月の朔弦望および惑星現象の日時が記されている。

英国暦1 英国暦2

『安政四年(1857) 萬国普通暦(ばんこくふつうれき)』 渋川景佑著 刊本1冊

『萬国普通暦』は日本の暦と英国暦やロシア暦を比較するために作られた。現在も使われているグレゴリオ暦法の英国暦に対して、ロシア暦はユリウス暦法である。上段は日本の暦法に従って計算した結果。中段は上段記載値から京都とグリニジ天文台との経度差9時3分43秒を引いた値で、英国暦と多少差がある。下段はロシア暦の日付。当時、日本の暦の子午線は京都における値を使用していた。『萬国普通暦』はその後も数年間発行されている。

萬国普通暦1 萬国普通暦2 萬国普通暦3

"Nautical Almanac and Astronomical Ephemeris for the year 1857" (1857年英国暦) 刊1冊

『安政四年(1857)萬国普通暦』と同年の英国暦を提示した。日本では太陰太陽暦を使用していたので、安政四年正月一日からの1年間は、太陽暦を使用していた英国暦の1857年1月26日から1858年2月13日にあたる。

英国暦1 英国暦2

宝暦十三年七曜暦』 山路弥左衛門著 写本1冊

前にあげた年の七曜暦は所蔵していないため、少し古いが、形は同じ宝暦十三年(1763)の七曜暦を参考に示した。七曜暦は一般的な暦とは違い、七曜すなわち太陽・月・木星・火星・土星・金星・水星の位置を二十八宿 (赤道座標) 上で表した、惑星暦である。

七曜暦1 七曜暦2
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