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貴重資料展示室

第56回常設展示:2017年10月13日〜2018年10月26日
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長久保赤水の業績

2017年は長久保赤水(ながくぼせきすい) (1717-1801 江戸中期の地理、儒学者) の生誕300年にあたる。

『新刻 日本輿地路程全図(にほんよちろていぜんず)』 長久保赤水著 安永八年(1779)刊 刊1舗

日本輿地路程全図

赤水はこの地図を作るにあたって観測・測量をおこなったわけではない。渋川春海の北極出地の観測値、これまでに書かれた絵地図、国郡図、海外の地図など膨大な資料を参考に、自身の『東奥紀行』(方位磁石を持参)・『長崎行役日記』での実体験や、多くの旅人から直接聞いた話も検討し、20年以上の歳月をかけて制作された。また、版行された日本地図として初めて経緯線と緯度の数値が記載された。凡例には「曲がり尺の一寸 (約3cm) を道のり十里 (約40km)」とあり130万分の1の縮尺ということになる。

赤水の日本地図「赤水図」は幕府の認可を受け販売されると改訂5回を重ね、赤水図をもとに認可を受けた模倣版や無認可の海賊版が出されるほどであった。このように赤水図は明治時代まで日本地図の代名詞となり舶載されて海外にも残っているが、約40年後に作られた伊能忠敬 (1745-1818) の日本地図は精密であるがゆえに幕府の秘密とされ、すぐに人々の目にふれることはなかった。

この功績もあって、藩の長年の事業で徳川光圀(みつくに) (1628-1701) が始めた『大日本史』の地誌の編纂を後に任されることになった。序を柴野栗山(りつざん) (1736-1807 儒学者として徳島藩、幕府に仕え後に湯島聖堂取締) が寄せている。

拾芥抄(しゅうがいしょう)洞院公賢(とういんきんかた)編 3巻6冊

拾芥抄 行基図

『拾芥抄』は公家(くげ)が必要な知識をまとめたもので、歳時、文学、風俗、官位、典礼、国郡、神仏、衣食、吉凶などに関して漢文で書かれている。鎌倉時代中期に原型ができ、南北朝時代(1336-1392)の公家藤原公賢が上中下それぞれに末巻を加えて6冊にまとめたと考えられている。

中末巻に掲載された日本地図は奈良時代の僧行基(ぎょうき) (682-749) が元を作ったことから「行基図」と呼ばれる。ただし、行基自身の作った図は見つかっていない。行基図は各国の大まかな位置関係がわかる程度のもので、山・河川など細かな地形は書かれていない。

赤水図が出されるまでの日本地図としては、江戸時代の浮世絵師 石川流宣(とものぶ) (生没年不詳) が作った『日本海山潮陸図』などの「流宣図(りゅうせんず)」が有名であった。流宣図は国の形について行基図より詳しいが、方位や距離について正確さを求めようとする赤水図に比べると絵地図的なものである。

長崎行役日記長玄珠(ちょうはるたか)(長久保赤水)著 文化二年(1805)刊 明和四年(1767)記

長崎行役日記1 長崎行役日記2 長崎行役日記3 長崎行役日記4

仮名交じり文で書かれた、赤水が水戸から長崎まで藩の役人に同行した旅行記である。

明和二年(1765)に遭難した常陸国多賀郡磯原村 (現在の茨城県北茨城市磯原町) の姫宮丸船頭以下6名が安南 (今のベトナム) まで漂流し生存した4名と、後に陸奥国磐前郡小名浜村 (現在の福島県いわき市小名浜) 住吉丸の漂流民3名とが異国で邂逅し、2年後に中国商船で長崎に帰国した。これを引き取るため、水戸藩から使者を送ることになった。赤水は日本地図の編纂を企図していたため実際に西国まで行く機会を逃さず、儒学の師の藩への働きかけもあって、本来行くべき庄屋の名代として同行することができた。

道中で赤水の目にふれた様々なものが記述されていて、太宰府天満宮に寄った際の絵地図や、出島のオランダや中国人の姿、供応で出された料理などが書かれている。赤水がその才能を生かして感謝の気持ちを中国の商人や長崎通詞へ送った漢詩は、別に『清槎唱和集(しんさしょうわしゅう)』として出版された。巻末には赤水の著作が並んでいて、日本地図だけでなく中国の歴史地図、世界地図、天文書、旅行記、漢詩集など、亡くなった後も江戸、京都、大阪で出版・販売されていたことがわかる。

天文星象圖解(てんもんせいしょうずかい)長玄珠(ちょうはるたか)子玉(しぎょく)(長久保赤水)著 文政七年(1824) 刊本1冊

天文星象圖解2 天文星象圖解 天文星象圖解1

『天文星象圖解』は、赤水が天文学の入門書としてまとめた『天象管闚鈔(てんしょうかんきしょう)』(安永三年(1774)) をもとに後年版行された。現代の星座早見盤のような綴じ込み付録が付いていて、星の書かれた円盤は回転できるよう紙縒(こより)で下の台紙へ留められている。円盤には中国の星座二十八宿の範囲が書かれ、地上から仰ぎ見る形で見える星が季節によってかわるのがわかる。

天文学は地図を制作するために必要であり、赤水は、渋川春海(はるみ) (1639-1717 天文暦学者) 門下で水戸藩の儒学者 小池友賢(ゆうけん) (1683-1754) や、その弟子の大場景明(かげあき) (1719-1785) から学んだといわれる。また、本書には北禅竺常(ほくぜんじくじょう) (1719-1801 禅僧、漢詩人。大典顕常(だいてんけんじょう)、大典禅師とも) が序文を寄せていて、赤水の広い交友をうかがうことができる。

天文星象圖(てんもんせいしょうず)』 刊1舗

天文星象圖

この図は『天文星象圖解』とセットで出版されたといわれている『天文星象圖』である。第20回展示も参照。

参考文献:
『長久保赤水』杉田雨人 川又書房
『正・続 長久保赤水書簡集』高萩郷土史研究会、長久保赤水顕彰会
『長久保赤水旧蔵資料についての検討』上杉和央、豊田智美 国土地理協会学術研究助成

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