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貴重資料展示室

第35回常設展示:2006年10月28日〜2007年03月19日
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江戸時代の書物に見る銀河

銀河は天の川とも呼ばれ古くから親しまれてきた。「天河」、「天漢」とも云う。これらの言葉の由来が中国、游子六(ゆうしろく)著『天経或問(てんけいわくもん)』天漢の章に書かれている。天漢、天河は中国の大河である黄河の影が天に映っている様子であるとか、河の水の気が発せられて、清い精が天にのぼり集まって浮かんでいる状態を表すとか伝えられてきたが、望遠鏡を覗いて天河を見ると、小さな星が多く集まっているところであるのがわかると説明している。また、同じような言い伝えは他の書物にも書かれていると紹介している。英語では天の川はMilky Wayとも呼ばれるが、この名前はギリシャ神話から来ている。他にも、世界のあちこちで、神話や民話と結びついた言い方がある。

天経或問(てんけいわくもん)游子六(ゆうしろく)著 西川正休訓点 刊本3冊

『天経或問』は、江戸中期、中国から輸入された天文学、地理・気象が書かれた書物。西川正休 (1693-1756) により訓点がつけられ、一般天文学書として江戸中期から後期まで広く読まれた。著者の游子六(游藝)は中国明末から清初頃の閩中(びんちゅう) (今の福建省) の人。中国古来の天文に、イエズス会宣教師のもたらした西洋天文学の知識が加えられている。キリスト教に関する書物の輸入を制限する禁書令が緩められるまでは、宣教師とつながりのあるものは『天経或問』のような天文学書でも禁書対象であった。

天経或問 天経或問1 天経或問2

乾斉先生刪補天象図(けんさいせんせいさんぽてんしょうず)』 巻子刊1巻

著者名不明。奥書に「寛政戊午(十年(1798)) 仲秋 長州赤馬関永野救謹跋」とあり、あとがきを書いた永野によって刊行されたのかもしれない。巻頭に、中国の古い星座である石申(シー・シェン)甘徳(ガン・ドー)・巫咸三家の星座300/星1465を、それぞれ赤・黒・黄に色分けして載せている。最後の跋 (あとがき) に、保井 (渋川春海 (1639-1715)) の作った星図には保井の名づけた新星が書かれているので、この星図では乾斉先生がこれを削って、三家を合わせた星座300座を書き云々とある。

乾斉先生刪補天象図 乾斉先生刪補天象図

星学図彙(せいがくずい)』 刊1冊

著者、出版年ともに不明。星学教導の図で、軌道図や「オーラリーの器械」に海王星が含まれていることから、19世紀後半以降のものと思われる。提示した図は「天球地球図」と題されており、地球上から天象を見ている図「仰観天象」で、見ている先には銀河がある。第25回展示も参照。

星学図彙 星学図彙

天経或問註解(てんけいわくもんちゅうかい)』 入江脩敬(平馬)著 寛延三年 序巻、図巻上・下刊3冊

『天経或問』が出版されると、それを研究・校正するものや反論するものも現れた。たとえばこの本では、『天経或問』の星図は誤りがあるのでそれを正すとして、「図巻下」でそれぞれの図に解題、解図をつけ、改正図を付している。また、保井(渋川)昔尹(ひさただ)の『天文成象』方図を載せている。

天経或問註解1 天経或問註解2

(参考)『天文星象図』 刊1舗

天文星象図

この図は長久保赤水著『天文星象図解』著とセットで作られたらしいが、図には著者名、発行年などは何も書かれていない。紫微垣、二十八宿上に、銀河と色分けされた星座が描かれている。紙3枚を別々に刷り上げた後につないで、1枚の図に仕上げている。

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