近頃,いつもより月が高いとか低いとかいった声が聞かれるようになった.もちろん,夏の満月は低く,冬の満月は高いといった季節変動に関するものが多いものの,さらに踏み込んだ変動に気づく方もおり,よく見ているものだと感心させられる.
月の南中高度は,大まかには月の赤緯によって決まると言ってよい.赤緯が最も大きくなる=北寄りになる時を最北と呼び,南中高度は最も高く,出入りは最も北寄りとなる.逆に,赤緯が最も小さくなる=南寄りになる時を最南と呼び,南中高度は最も低く,出入りは最も南寄りとなる.これは月の満ち欠けとは関係なく,夜も昼も関係なく,公転周期に近い約27.2日の周期で繰り返す変動だから,気づかぬうちに過ぎてしまうことも多いだろう.
しかし,月の軌道面=白道面は地球の(太陽の見かけの)軌道面=黄道面に近いため,満ち欠けに季節の要件を加えれば,おおよその南中高度を把握することができる.たとえば,朔(新月)では月は太陽の近くにいるから,太陽と同様に夏至のころには高く,冬至のころには低く,春秋分のころにはその中間となる.一方,望(満月)では月は太陽と反対側にいるから,太陽とは逆に夏至のころには低く,冬至のころには高く,春秋分のころにはその中間となる.最初に述べた,夏の満月は低く,冬の満月は高い,というのはまさにこのことを指している.
さて,白道面は黄道面に近いとはいえ,まったく同じではない.これは,朔や望のたびに日食や月食になるわけでないことからも明らかだろう.具体的には,黄道面に対して5.1°ほど傾いていて,かつ,傾く方向は約18.6年の周期で時計回りに回転しているのだ.
もし,2006年ごろや2025年ごろのように,黄道面が赤道面に対して傾く方向と白道面が黄道面に対して傾く方向がそろう場合には,白道面が赤道面に対して傾く角度は両者の和〜23.4+5.1°となる.すると,最北と最南の赤緯は±28.5°ほどとなり,太陽より大きな幅で南中高度や出入り方位が変化するようになる1.
逆に,1997年ごろや2015年ごろのように,傾く方向が逆となる場合には,この角度は両者の差〜23.4−5.1°となる.すると,最北と最南の赤緯は±18.3°ほどとなり,太陽より小さな幅でしか南中高度や出入り方位は変化しなくなる.
望について,南中高度や月の出方位の変動をグラフにしてみたものが以下の図である.これらからも,18.6年周期で変動する様子は容易に見て取れるだろう2.
では,具体的に今回のピークはいつになるのか.平均軌道要素からは,傾く方向がそろう日は2025年1月29日ごろと求まる.しかし,白道面の回転は非常にゆっくりなので,この前後1年くらいは最北/最南のたびに同程度のピークが続く.そもそもこの日は朔であり,月は見えない.では1月14日の望ならよいかといえば,2024年12月15日の望のほうが最北の瞬間に近く,南中高度も高くなる.さらに,望でなくてもよければ,2024年9月25日の下弦や2025年3月7日の上弦のほうが南中高度は高い.また,最北/最南の瞬間は南中/出入りの瞬間とは合致しないので,基準とする場所によっても微妙な差異が生じうる.下図を参考にしつつ,日々の南中高度や方位を「こよみの計算」等で確かめてから,観望するとよいだろう.
ところで,最北や最南の前後では,南北方向の動きが止まる,あるいは出入り方位の変化が止まるように見える.夏至や冬至を表すsolsticeという言葉は太陽(Sol)の動きが止まる(sistere)ことに由来しており,冬至や夏至などにおける日の出入り方位にあわせて岩や建物・通路等を配置したと考えられる遺跡が世界各地に存在するということはよくご存じだろう.
これの月バージョン,すなわち月の出入り方位にあわせて建物等を配置したと考えられる遺跡もあるという3.2024年から2026年にかけては,そんな古代の人々に思いを馳せながら遺跡でお月見というのも,一興かもしれない.
1) 赤緯は「月」ページ参照.南西諸島や小笠原諸島などでは赤緯が緯度を超え,北側で「南中」することもある. → 本文(1)に戻る
2) 方位は北を0°とし東回りに数えた月の出の方向.90°は真東,それより小さいものは北寄り,大きなものは南寄りから月が昇ることを意味する. → 本文(2)に戻る
3) 考古学などの分野では,solsticeに倣ってlunar standstillと呼ばれることもあり,18.6年周期で傾きがそろう方はmajor lunar standstill,逆はminor lunar standstillとも呼ばれる. → 本文(3)に戻る
暦象年表2025より